戸は幾つ?







すずビーズ アクリル・ブレス

269 わかめちゃん(19.2センチ)
海に浮かぶ色とりどりのワカメを如実に表現(?) 
縞みどり10ミリ 緑12ミリ・ 8ミリ

270 いちごちゃん(19.2センチ)
可愛らしいけど美味しそう~と
思わずショートケーキを連想しちゃう私です☆ 
縞赤10ミリ 赤12ミリ・ 8ミリ

271 ももこちゃん(20.3センチ) 
濃い桃は可愛らしさを幾重にも散りばめた様子を
表現したものですヨ☆
縞濃桃10ミリ 桃・薄桃8ミリ

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皇居マラソンの様子も 時折 取り沙汰されますが 
ウォーキングブームと相まって
世の中 健康志向の方が増えている気がします。

場所が増えぬが 人は増える、そんな状況では
マナーを守ることも肝心ですよね。

地元の中距離走で 中学時代、たった一度 体験したのが
ランニング・ハイ。

ゴール寸前で足がもつれて 転びそうなくらいの
ポンポン具合で、月面着陸した時の気持ちを
勝手にリンクさせてしまいました。

きっと こんな風に 空を飛ぶような感覚なんだろうな~
って。

ただ苦しいだけではなくて 周りの景色に癒されて
声援に励まされているからこそ 完走できる、
それが マラソンの醍醐味なのでしょうね。

体感温度って 大事ですね。
山登りでも 一気に身体が冷えると 危険だと言います。

今夏は 酷暑続きでしたが、小まめな着替えも 必要だよなぁ~
と ぼんやり考えながら、
今、部屋の中で 青空を眺めている 私です。


すか線って言う呼び方が 先ず 何だか格好良い。
良く分からないけれど 何だか好きな響きって 有ります。

横須賀と聞くと 海軍カレーを食べてみたいなぁ と
直ぐ食欲に走ってしまう 私ですが

一度乗ってみたい、いや、どちらかと言うと
カメラに収めてみたいなぁと 思いますが
私は鉄子では有りません(笑)


雪、三八豪雪のフレーズで 思い出したのは
地元の天気予報。

三八上北(さんぱちかみきた)地方の天気は~
と言うのがお決まりで

三戸(さんのへ)、八戸(はちのへ)辺りを指すようなんです。
私の故郷 岩手周辺には 一戸から九戸まで
色々と有るんですヨ。四戸だけは無いんですよねぇ~。

■ 戸(へ)の由来 ■
岩手県の北部から青森県の南部にかけて
一戸から九戸までの戸のつく市町村が並んでいます。
四戸(しのへ)だけがないけれど,
これは縁起かつぎなのでしょうか。

 南から岩手県一戸町・二戸市と北上し,
青森県に入って三戸町・五戸町・六戸町七戸町
東に折れて南下し青森県八戸市
ふたたび岩手県に入って九戸村へとつながり,
順番に,
きれいに配列されているように見えます。

この一帯は江戸時代に南部藩盛岡藩の領地で,
そのうち主に糠部(ぬかのぶ)と呼ばれた地域でした。

戸の由来について
岩手県九戸村のHPでは
こう説明しています。

糠部郡は日本最大の郡域でした。
郡の設置は12世紀半ばに
平泉の藤原氏によって行われたとされています。
この地方の特産品は馬で,
貢馬(くめ)といって年貢として納められていました。
「戸」は,
この馬の管理,貢馬のための行政組織だったようです。
岩手県二戸市二戸郡九戸郡
青森県の上北郡,三戸郡八戸市三沢市十和田市
にわたる広大な地域を官営牧場とし,
九つに区画して運営していたのです。

また,青森県中部上北合併協議会(2003.9.16解散)
のHPでは,
こう説明していました。

弘仁年間(810~824)に
文室綿麻呂(ふんやのわたまろ)が東北に遠征し,
駐屯地として設置したのが柵戸(さくこ)です。
この柵戸から村が発展しました。
源頼朝奥州藤原氏を滅ぼしたのち,
牧場政策の必要性などから糠部郡を置き,
多くの御家人を地頭に任命しました。
 その一人である南部光行は,
馬産地の甲斐(現在の山梨県)出身で,
牧場経営に手腕を発揮しました。
南部氏は糠部郡を九つの部(へ=戸)に分け,
一戸ごとに七つの村と一つの牧場を置き,
九戸を東・西・南・北の四つの門に分属させました。
これを九戸四門の制と呼びます。
 
つまり,
一戸~九戸の地名の由来には,
平安時代の東北制圧の前線基地に起源を求める考え方や
鎌倉時代の牧場制に関連させる考え方があるようです。

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